中屋彦十郎がお届けする、金沢、生薬漢方薬についてのメールマガジン
「金沢の漢方薬、生薬専門店」バックナンバー
中屋彦十郎薬舗による「尾山のくすり大将」第10号 2002年6月11日
廓の女たち
廓の女たち
金沢の街中には二つの川が流れている。
南部を流れる犀川と北部を流れ浅野川でどちらもゆるやかに日本海に注いでいる。
犀川の近くには室生犀星の生家もあり、小説「性に目覚める頃」の舞台にもなった川である。
この川に懸かっている桜橋からの眺めはもっとも金沢らしい眺望を満足させてくれる。
この川は昭和30年代までは清んでいて「ごり」という魚が棲んでいてよくとれたものです。
から揚げにするとビールにあってほんとにうまいものです。
今日の話はもう一つの浅野川の近くにある東の廓(ひがしのくるわ)のことです。
浅野川べりには緑が多く近くの卯辰山が川面までせまっています。
このあたりはT字路や袋小路、鉤形路で形ずくられているのが特徴で今でも金沢らしさを残しています。
近くには泉鏡花の「義血侠血」の舞台にもなったところもあり、「滝の白糸」の石碑も建っています。
この川には「梅の橋」「仲の橋」という木の橋がかかっていますがこの橋は色街への通い橋なのです。
大通りを避け、幾つもの小路をたどり橋の袂までついたら、一気呵成に小走りに橋をわたるのです。
橋を渡ればこちらのもの。
暗がりをゆっくりと歩いていけばいいのです。
川べりには演舞場や芝居小屋が立ち並び引手茶屋や妾宅もあり、粋な町並みが連なっていました。
近ずくにつれ三味の音、笛の音が聞こえ、すれちがった女の髪から鬢付け油が匂い、お白粉の残り香がただよったりする、紅殻格子の立ち並ぶ馴染みのお茶屋はもうすぐそこである。
廃藩置県のあと武士の没落とともに、娘を身売りするものが多く「ひがし」にも流れてきて、そのために「ひがし」は気位いが高くなったという人もいるが、それはどうかなと思ったりもする。
それよりも、徳川幕府の手前、金沢の人達は芸事には人一倍熱心でそれが芸者衆にも伝播し、芸の技術を高めたり、着物や小物にいたるまで絢を競いあったりしたことが、一流の芸者といわれ、おのずと贔屓筋も一流の金沢人が集まる、といった具合になり格式をひけらかすことになったのではないだろうか。
「とどろきの橋」とよばれた浅野川大橋 の近くでは「精力剤」も売っている店もあったと思うが、いまはもう何もない。
最近、「浅野川恋歌」という歌を田川寿美が歌っている。
五木寛之さんの作詞で浅野川に懸かっている橋がよくでてくる。
曲がいまいちでこれは流行らないと思う。
次回はさらに掘り下げて、「ひがし」のことを書いてみようと思う。
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